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「東北関東大震災」 その3

内陸100キロに住んでいますが、大方の岩手県人は「地震だ!津波だ!すぐ逃げろ!」が頭に入っています。個人的には、海岸に出かけて「津波注意報」に遭遇し、非難したことが2回あります。が・・・、その中で、ちょうど1年前の(2010年2月28日。Am9:30頃)「大津波警報での肩透かし」がありました。地震があれば、三陸海岸では「津波警報」はそれほど珍しくはなく、頻繁にテレビ、ラジオ、や消防団の巡回でわかります。

その時は「大津波警報」が初めて気象庁から発令されました。(大津波警報は5M以上の津波だったと思います)洋野町の八木地区の国道45号線が「通行止」になり、防潮堤の水門も閉められ、「コクガン観察」が出来なかったので、今でも鮮明に覚えてます。「津波」は50センチでした。その時は「津波警報で50センチなら納得できるが、大津波警報で50センチなら、大事な休日を返してくれ!」と怒りましたもん。正直に言えば「気象庁(仙台管区気象台)の大津波警報はあてにならない」と。初めての大津波警報の発令が、「気象庁のパホーマンス」じゃないかと疑いましたね~。

今回の「東北関東大震災の大津波警報」も、1年前の「大津波警報」があるから、実際、沖合いの津波を見て、あわてて避難した人もいたんじゃないかな~。または、10Mの防潮堤で街が守られているから、「大丈夫」と考えていた人も(大津波警報と言っても1Mの津波も来ないと判断)いたことでしょう。

気象庁(仙台管区気象台)の罪は重いです。

■ 「東北関東大震災」の大津波で、一人の死者も出さなかった町がありました。私がよく「コクガン観察」に出かける洋野町です。ちょうど2年前に完成した防潮堤(高さ12M+1、5M=13、5M)が、その威力を見せてくれました。ちまたでは宮古市田老町の高さ10Mの津波防潮堤が有名ですが、(地元では世界一の防潮堤と言ってます)今回の大津波では防ぐことができませんでしたね。今後は「種市海岸の防潮堤が世界標準」になるんではないでしょうか。

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▲ 2010年2月28日は、チリでの巨大地震だったので、ゆれがなく、「いきなり大津波警報」が出て、水門の中に退避されました。消防団の人の話では、遠隔操作(久慈市とか言っていた)で、2分で水門が閉めることが出来るようなことを言ってました。当然間に合わなければ、車をすて、防潮堤の階段を登って逃げなければなりません。

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▲ いつも津波防潮堤の外に出て撮影してます。波が高い時は、「ライフジャケト着用」で撮影してます。数年前でしたが、「双眼鏡にライフジャケット」ですから、「密漁監視員」に間違われて、テトラポットから、あきらかに密猟者が3人ほど走って逃げていきました。

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▲ 種市海岸は「サーフィンのメッカ」なので、よくサーファーが出没します。2000年以前は、3月だとほとんどサーファーは見ることがなかったのですが、「スーツの素材」が良くなったのか、真冬でもいい波の時は、サーファーを見ます。

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▲ 「種市病院」です。どんな大津波が来ても大丈夫なように、「役場と病院」は高い所に建てるのが常識なのですが・・・、そうでない町もありました。役場も病院も全壊でしたね。

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コメント

いやさすがに気象庁の責任ではないでしょう。50センチでも流されればひとたまりもありませんし、肩透かしでよかったねという感覚が必要ではないでしょうか。大津波が来なかった!と気象庁をむやみに批判していては気象庁も慎重になりすぎて、逆に判断を誤ることにつながりかねないと思いますが。

>気象庁をむやみに批判していては気象庁も慎重になりすぎて、逆に判断を誤ることにつながりかねないと思いますが。

気象庁はプロです。

命にかかわることですから、間違いがあってはなりません。
私なら、素人ですから、「間違ってごめんなさい」で済むわけですが、プロなら絶対あってはならない事だと思ってます。

5Mの「大津波警報」と言って、50センチではお話になりません。50センチなら「津波警報」でいいわけで、こんなことを繰り返していれば、ほんとうの「大津波警報」で、油断が出来てしまうわけです。

私の友人が(釜石市鵜住居在住)被災しました。話を聞きましたが、「大津波警報と言ってもたいしたことがない」と言ってた人たちが、あわてて高台に避難し、間に合わなかった人たちが、波にのまれたそうですよ~。

ただ、岩手県三陸沿岸の人々は、「気象庁より自分の目」を信じているので、「異常な引き波(川底や海岸の底が全部見える)に、ただ事ではない」と判断し、高台に避難したんですよ~。岩手県沿岸の小学生がすべて助かっているのは、避難所に指定された小学校より、高台に非難したからなんです。ハザードマップ通りに「指定非難場所だから安全」と思っていれば、津波に飲まれたでしょう。「大きな引き波後には、大津波が来る」と昔からの言い伝えが「命を守る」ことになったんですよ~。

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