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400年前の「矢巾水田」は鶴の狩り場だった。

暑くて、暑くてたまらないので、今日は「冷房完備の図書館」に出かけてきた。郷土本の本棚をブラブラ歩いていたら、ちょっと興味がわくと言うか、面白い本がありました。「盛岡藩御狩り日記/遠藤公男著(講談社)」と言う、400年前の野生動物の狩りを書いた本でした。(1644~1682年の40年弱の捕獲記録です。)

私は「バードウォッチング」も好きですが、実は・・・「歴史フェチ&地図フェチ」(学校の受験歴史&地理はまったく興味がないので駄目でした)でもあるので、すんなりタイムスリップできると言うか、状況が頭に描ける特技があります。

今でこそ、盛岡周辺は「豊かな水田地帯」ですが、当時の盛岡は「何もない荒野」であり、中心地(水田地帯)は高水寺城(紫波町)~和賀川(北上市)の間でした。「矢巾水田」は1650年頃の「鹿間堰の完成」を見るまでは、何もない荒野と言うことです。

「盛岡藩御狩り日記」によれば、1646年/正保3年に「アオツル1羽の捕獲」があり、翌年には「コウライツル1羽の捕獲」と書いてました。その後は(毎年、マナツル、クロツルは10~20羽の捕獲記録がありました)捕獲記録がないので、迷鳥と言うか、今と同じく「珍鳥」だったのでしょう。

※アオツルは「アネハヅル」で、コウライツルは「カナダヅル」と思ってます。

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▲ 400年前は「アオツル」。今は「アネハヅル」です。本によれば、鶴の狩り場は、「下大田」(現在は盛岡市)、「永井」(現在は盛岡市)、「矢巾」(現在は矢巾町)「南矢巾」(現在は矢巾町)、「郡山」(現在は矢巾町)であるので、今の「矢巾ライスセンター付近」が絶好の狩猟ポイントだったのでしょうね。

写真は太陽が隠れ、雲行きが怪しくなり、小雨が降る寸前に撮影しました。肩羽付近の羽模様が「うすい青色」でした。これを見て400年前の先人は「アオツル」と言ったのでしょうね。

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▲ 晴天になれば、「灰色」に輝きます。古文書(家老の日記)を信用するとすれば、「矢巾水田のアネハヅル」は岩手県3回目の飛来記録(2回目は大船渡市で記録有り)と言うことですかね~。

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