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「早池峰山におけるライチョウ生息の可能性」の論文が突然届いた。

今年(2021年5月)、地元ローカル紙の岩手日報に「岩手県陸中産ライチョウ剥製標本の発見と早池峰山におけるライチョウ生息の可能性」の論文が藤井さんから突然届いた。

このブログでも『野鳥・その他』のコーナーで、岩手日報の記事を紹介し、個人的には「早池峰山でライチョウは見る事は不可能。剥製標本は夏羽なのにラベルには冬羽の記載。剥製制作年の1905年の時代背景(日露戦争)うんぬん・・・」と書いた覚えがある。

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▲ 2021年5月4日の岩手日報の記事

いただいた「早池峰のライチョウ論文」によれば、

「この標本は明治38年(1905年)12月に採集されたものと考えられるが、その外観を見ると冬羽への換羽は完了してない雄である。ニホンライチョウは年に3回換羽し、12月末頃にはほぼ全身が白い冬羽になる。しかし、この標本では体の背面を覆う羽の大部分は黒褐色であり、中村(2013)が報告してる秋羽から冬羽に移るまでに見られる中間の羽色をしている。このため、秋羽から冬羽に換羽する12月初めに採集されたものと思われる。ラベルには冬羽と記載されているので、おそらく標本のラベルを記述した人物は、ほぼ全身が真っ白な状態の冬羽のライチョウをみたことがない人物であった可能性が高い」

ヨツヤが思うには・・・

12月初旬の冬季の早池峰山でのライチョウ採集は(早池峰に明治時代でもいるとは考えられない。ヤマドリの雌の誤認か?ライチョウは警戒心の薄い鳥と認知されているので、早池峰に生息してたらいくらでも捕獲できたでしょう。今現在なら「写真は撮りほうだい」でしょうか?)命がけと言える。当時(明治38年)の登山装備なら、(まともな登山靴も防寒装備貧弱)早池峰のライチョウが何処にいるかもわからず、冬山を徘徊は命にかかわる問題。今現在でも、トップの登山家でなければ冬の早池峰には入れないと思う。

年3回体色が変化するライチョウは

春に1回目の換羽は、「雄は黒褐色、雌は黄褐色」

夏の2回目の換羽は、「雄は7月中旬、雌は8月下旬から9月にかけて暗褐色になる。性別の識別が難しい」

秋の3回目の換羽は、「10月中旬が最後の換羽で、白い毛が目立つ。11月中旬には、雄、雌とも真っ白い羽毛になる」

のが今現在、BWでは常識になってる。

※12月初旬に「岩手日報に掲載された中間羽のライチョウなら、間違いなく早池峰のイヌワシ、クマタカの餌食になる」

明治38年は、野鳥学者も剥製制作者も「ライチョウが真っ白い羽毛」なんて、誰も知らなったのでは???

早池峰に限らず、立山にだって、「真冬に登山する人はいない。だから誰も真っ白いライチョウを見た事がない。春に山にはいれば暗褐色の雄や黄褐色の雌を見て、ライチョウと認識。マタギはキジやヤマドリを捕ってればいいから、危険をおかして冬山には入らないと思う。

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▲ ヤマドリの雌   3月中旬  上野沢牧野 (岩手県雫石町)

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▲ ヤマドリの雄  6月初旬   高松沢   (岩手県雫石町)

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