出張のついでに「米沢城」を見学
福島・山形出張から戻りました。時間が出来れば「ちょくら鳥見」と行きたい所ですが、最近の傾向としては「お城」優先の行動になります。ただ、市街地の城跡は「鳥だまり」になってることが多く、けっこう「バードウォッチングのポイント」でありますね~。
米沢城は、NHKの「天地人」の放送があったので、上杉景勝&直江兼続のイメージですが、鎌倉・室町時代の200年間は伊達家が君臨してました。(伊達政宗が生まれた城です)その伊達家に滅ぼされたのが長井氏なんですが、源頼朝の鎌倉幕府では「評定衆」として勢威を振るってました。
※ 奥州合戦で戦功のあった長井庄の地頭大江広元の次子、大江時広が「米沢城」を築き、以後、大江一族は長井姓をなのり、代々「鎌倉の評定衆」になってます。
歴史マニアとしては「奥羽合戦」(学校の試験回答は「奥羽征伐」と教わった)からの始まりにしなければ「東北の歴史」は語れませんね。個人的には岩手ですので、「安部一族」からの始まりになります。
※ 「日本史」に東北が登場するのは「前九年の役(合戦)」、「後三年の役(合戦)」と「奥州合戦」ですが、あとは明治維新の「戊辰戦争」まで注目される事はないですよね~。
▲ 2012年10月30日 「米沢城」
二の丸から本丸に行く橋の親柱に「ドバト」が止まってて、まったく逃げる気配がありませんでした。まわりを見たら「ハトの餌あります」の看板が・・・。これじゃ逃げるわけないですよね。ちょうど紅葉がはじまってました。
▲ 2009年1月 冬に出かけた時の「米沢城」です。
| 固定リンク
| コメント (5)
| トラックバック (0)




